Yosix’s blog

ただただ、思ったことを書く

急に思い出したので、いまだから書いてしまおう・・・

バブル時でも今で言う貧困家庭に入る母子家庭でさ
10代の頃は学生でバイトして病気の母を看てた、その状況を本当に理解してくれる友人はいなかった。
教師でさえも、理解してくれなかったね(20代半で教師なりたての男性教師(教師3年目に教え子と結婚W)と元ツアーコンダクターをして海外に飽きたアラサーの女性教師)
まぁ出来るわけ無いんだけどねW恵まれた環境で育ったボンとお嬢にW

20代半ばになると母の状況が悪くなり始め、愚痴をこぼしたらな「不幸自慢」と会社の子にいわれる。
それから誰にも愚痴を言わなくなった。& この年代でも理解してくれる人はほぼいなかったなぁ
(今思えば、愚痴ぐらい言いたかったなぁ・・・・)
結果、心を病んだ。

幻聴が聞こえるんだ・・・頭の中でずーっと気が狂うんじゃないかと毎日おもった。
でも根性で、その幻聴を押し殺す。それが状態を悪くしていった・・・
自分以外、親を見れる人がいないので自分を後回しにしたんだよね~
でも、周りの人からすれば心の弱い人。
当時は、うつ病=心の弱い人間という認識の時代。

弱い人間のレッテル貼られて空しかったなぁ。
頑張ったんだけどなぁ。

親の年齢が若いと、施設にも入れてもらえない。
だから一人で働き、家の事をやり母を看る。それを10代からやってたら病むだろうよ。

唯一の身内の兄は手伝ってくれず「手伝ってほしい」と言おうものなら「働いて疲れているのにうるさい!」と怒鳴り手を挙げるよな人だ。
私も働いていたんだけどね・・・それは、ノーカン扱いW

結婚後、嫁は、一切手伝わず しまいには「電話をかけてくるな!こっちは働いて疲れているんだから!!」と・・・理解なし。
一度だけ、「私も働いて疲れている。でも親を看てる。今、すぐここに来て何かをして欲しいとか言っているんじゃなく、
母が兄と電話で話したいと言っているから、少しでいいから兄と話をさせて欲しいといっているだけなんだけど」と言ったら無言になったW
それ以後は、一切頼らないと決めた。

しかし嫁、葬式では、私泣いてないのに隣で号泣。
それが怖かった・・・何もしてないのに、関わりたくないといったのにな・・・
「私が、泣けないのに、なぜ、あなたが泣けるのか・・・」と思ったなぁ
今では、何事も無かったように、兄はあーせい、こーせいと未だに煩い、嫁は、私と今はいい関係を築けていると思っていると思うけど、
それは、私が、めっちゃ譲歩してあなた方を許しているからだ。
そんなことは、思いもよらないだろ・・・

あのときの、あの言葉や態度は、私のなかで完全に消えていない=どこかで悲しみとして残ってるんだよ心の中に・・・
あなた方は、忘れただろうけどねW


他人は好き勝手なことを言う。特に身内は自分に責任がない、責任を負いたくないと思いたいがために誰かを攻め責任を負わそうとする。
責任から逃げようとする。そんなもんさ、血のつながりなんて・・・
自分にとって都合がいいことは、スキップでやってくるのになWWW

今の時代はいいよね。
介護に関して社会は寛大になり、理解も深まった。サポートも充実している。
だからか、現在、親の介護が始まった友人の愚痴を聞くと「其の程度ぐらい、文句言わずやれよ」っとおもってしまう。
自分の経験値が基準になってしまうので、申し訳ないけど・・・

つめたいのかな、私は・・・

まぁ、私が言えるのは頑張れよっていど・・・
「今の時代、いろんな施設やサービスがあるから利用しないとね、役所に行って相談すれば教えてくれると思うよ。
なにせ終わりが不明だから、適当に、適当に。
お金はかかるかも知れないけどサービス利用して、抱え込まずに、適当に介護と距離をもってさ」

ぐらいしか言えんよ。

愚痴を聞くと、「甘えるなっ!」って言いたくなってしまうから
私には、言ってこないでね~